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朝鮮の声 放送開始75周年記念番組

  • 2025年7月12日
  • 読了時間: 7分

更新日:2月8日

2025年7月10日の「朝鮮の声放送へようこそ」にて放送開始75周年記念番組が放送されました。内容はアナウンサー・スタッフの紹介が中心です。

(以下の音源は朝鮮の声公式サイトからです。)

 
呉)朝鮮の声放送へようこそ。

シン)朝鮮の声放送へようこそ。

呉)視聴者の皆さん、ご機嫌いかがですか?今日7月10日は朝鮮の声日本語放送開始75周年になる日です。放送開始75周年を迎え、朝鮮の声放送の視聴者の皆さんに心からの挨拶をお送りします。

姜)75年といいますと、とてもとても長いような気がしますが、またそれだけ歴史の古い放送という誇りも感じています。視聴者の皆さんの惜しみのないエールの中、頑張り続けてきた過ぎし日の面々たち、また今のスタッフの努力によって放送の今があるのではないかとも思われます。近頃は視聴者の皆さんからスタッフの皆さんを紹介していただきたいというメールもたくさん届いています。
で、この時間は日本語放送に携わる方々をご紹介しようと思います。まず、尹昌宇部長のご挨拶からどうぞ。 

尹)皆さんお元気ですか?尹昌宇です。朝鮮の声が長い間、視聴者の皆さんの大きな関心と期待の中、愛聴されてきたことを、スタッフはこの上ない喜び、プライドに思っています。光陰矢の如しと言いますが、私が放送に携わって早40年が過ぎました。これは私の並々ならぬ誇りです。
意義深い放送開始日を迎えてみますと、まずまぶたに浮かぶのは先輩たち、前の世代のスタッフの姿です。皆が視聴者に親しまれる番組作りに励んできました。
分けても功労アナウンサーの文政姫さんと崔鐘日アナ、書簡係だったリ・オクチュンさんは、40年以上のキャリアで、日本の皆さんが知りたがる朝鮮の現実を親しみを込めて高らかに伝え、視聴者との絆を強めるのに大いに貢献しました。
もう70歳代、 80歳代ですが、長廻政志さん、星野晃さん、西田憲志さんなど、古い視聴者の方々は懐かしさを胸に、今もその人たちを思い起こしています。前の世代と同じく、今のスタッフも朝鮮の声のために、視聴者の方々のために仕事に精魂を傾けています。
では、スタッフの話を聞いてみましょう。まず、呉英淑さん。視聴者の間で「重厚感ある論調のアナウンサー」、「ハイレベルのアナウンサー」と呼ばれる呉英淑さんです。 

呉)はい、呉英淑です。レギュラー番組ではなく、自分で自分を紹介するということになりましたので、ちょっと照れくさそうな感じはしますけど、とにかく私も視聴者の皆さんと知り合って早30年近くになります。10年ひと昔といいますから、もう少しでそれが3回転になるというわけです。視聴者の皆さんのお褒めの言葉に励まされて、これまでアナウンサーを務めてまいりました。視聴者の皆さんのご賛辞にいつも感謝の念を禁じ得ずにいます。
実を言いますと、私は若い時からアナウンサーを熱望しました。昔は学校で教鞭をとったこともあります。また、医師を志望したこともあります。でも、やはりアナウンサーになりたい思いは捨てきれず、暇さえあれば放送を聞いてみたり、独学で熱心にアナウンスのレッスンをしたりと、とにかくそういう過程を経てアナウンサーになったわけですが、考えてみますと、先輩の皆さん、スタッフが縁の下の力持ちになって励ましてくれ、助けてくれたので、実力が上がり、今に至ったのだと思います。
もちろんこれは朝鮮労働党の配慮、ありがたいこの国なくしては考えられないことです。私は現在、朝鮮労働党総書記で朝鮮民主主義人民共和国国務委員長の敬愛する金正恩同志の革命活動のニュースを主に担当しています。
また、「親しい父」「祖国を歌う」「強大な母なる祖国」など、金正恩総書記を称える歌の歌詞など、多くの歌の歌詞を翻訳してアナウンスしました。その他、朝鮮人民の生活を見せる多くの番組のアナウンスもしました。
私のアナウンスが視聴者の皆さんのお気に入りましたら何よりです。アナウンスにまだまだ足りないところ、不十分なところも多いと思いますので、皆さんの期待に外れない立派なアナウンスになるよう、最後まで頑張り続けたいです。 

尹)スタッフにもう一人の女性アナウンサーがいます。姜成姫さんです。スタッフ入りして20年近くになりますが、姜さんの声が放送されるや否や、視聴者の皆さんからお便りが殺到したことが思い出されますね。京都府のささはしのぞむさん、大阪府のやまもりけんじさんなど、多くの視聴者の皆さんが、「姜成姫アナの日本語がとてもうまい」、「耳に優しい」、「気に入る」と言って手紙を送ってくれました。
中でも姜さんがどこで日本語教育を受けたのか、これが視聴者の皆さんがとても知りたがることですが、それについては本人の話を聞いてみましょう。 

姜)まず、未熟な私のアナウンスを高く評価してくださった視聴者の方々に謝意を表します。私は江原道元山で師範大学を卒業しました。日本語は独学で学びました。小さい時から昔の漢字の勉強が好きだったので、それが日本語の学習にとても助けになったのではないでしょうか。そして、アナウンサーは私のアイドルでした。私も一度やってみたい。朝鮮の現実を日本の皆さんに自分の声で伝えることができるなら、どんなに嬉しいだろうという思いで熱心に勉強し、とりわけアナウンス読本は何度も読みました。それでアナウンサーになったわけです。アナウンサーになった後も、より洗練されたアナウンスのため頑張りました。先輩の方々にも大いに助けていただきました。
私が今日に至ったのは、立派なこの国のおかげです。私は室内緑化と生活、ファッションデザイナーの思いなど、朝鮮人民の文化生活を見せる番組と、社会主義保健医療制度の恩恵を被る人民の生活を見せる番組を多く担当しました。これから一生懸命頑張って、視聴者の皆さんに共和国の今を伝えたいと思います。

尹)スタッフには男性アナウンサーのシン・ヨンイルさんもいます。8年前にアナウンサーになったシンさんは、「朝鮮の声郵便箱」と「お望み音楽」の時間など、視聴者の間で人気がある番組のアナウンスを担当し、対談問答が得意です。いつでしたか、大阪府の山森健二さんのお便りには、放送のご感想とともに、「日本語が上手な男性アナが新しく現れましたが、本当に立派です」との文がありました。その男性アナがシン・ヨンイルさんです。では、シンさんにお話を伺いましょう。
 
シン)私は平壌外国語大学で日本語を学びました。ありがたいこの国のおかげで、学びの夢もアナウンサーの夢も叶えられました。 2022年に平壌のニュータウン、ソンファ通りが建てられた時は、普通の勤労者と同じく、私にもモダンな新しい住宅が無料であてがわれました。私のアナウンスが共和国の今を知りたがる視聴者の皆さんに喜びを与えるなら、もっともっと頑張りたいです。 

呉)普通、アナウンサーはアンカーと言います。つまり放送の顔という意味で、放送はアナウンサーに代表されると言っても過言ではないでしょう。でも、視聴者の皆さんに親しまれる「朝鮮の声」。この呼び名には、私たちアナウンサーとともに翻訳係の陰の苦労があります。翻訳係のソン・ジョンチョルさんとキム・ヨンナムさん、イム・グァンリムさん、キム・ソンチョルさんは、皆が平壌外国語大学を卒業した錚々たる顔ぶれで、 20数年というキャリアを持つ重鎮です。スタッフにはキム・ミョンヒョクさんとキム・リュギョンさんなど、 20代、 30代の新進気鋭の人もいます。その人たちが放送の台を変わりなく引き継ぎ、数十年後はまた今日のように過ぎし日々を思い起こす新たな契機を作ることでしょう。

姜)視聴者の皆さん、これからも朝鮮の声をご愛聴ください。ホームページにも熱心にアクセスなさってください。 

シン)皆さんのご健康とご多幸、朝鮮の声と結ばれた友情がさらに深まることをお祈りします。 

姜)では、放送開始75周年記念番組、これで終わります。ありがとうございました。

シン)ありがとうございました。
 

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我對 BCL (廣播收聽)、天氣、朝鮮音樂、漢字與中國考古等領域感興趣,

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